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忍びの者にしかわからない抜け道がある。それは非常に巧みに隠されており、とても常人が歩いていけそうな道ではない。崖を越え、木を上り、水辺を泳ぎ、滝底を深く潜り、そしてたどり着ける場所―そのようなところに、織部正綱の塒はあった。
梟はその織部に至るまでの、人知れぬ道を超えていき、忍びの人型が書いてある扉に面する。そこに張り付き、絶妙な力を入れて身を回すと、暗い洞窟が続いていた。その先を進む。しばらくすると、黒い頭巾を被った男が浮かび上がり見えてくる。暗闇に暗い衣装。普通の目では見えぬ見姿である。そこにいたのは弧影衆の太刀足という男だ。
「身を確認するぞ」
男は告げた。梟は手をあげる。太刀足は近づいてきて梟の懐を探る。手裏剣が4つと、毒消しが10個もでてきた。それを見て、頭巾の下で太刀足は笑う。
「ふん、こんなに毒消しをもって…忌み手がそんなにこわいか」
「…若造が」
「何か言ったか、爺」
「空耳だろうて」
「ふん、まあいい、これは帰りに返す。本当は何をも身につけないで入って欲しいところだが。貴様の裸体など目に余る」
太刀足はそう言って、塞いでいた道を奇妙なからくりで回し、壁に道をつくった。
これの開け方は弧影にしかできない。梟はよく見たが、今日もそれを解き明かすことはできなかった。
壁の中にできた道をしゃがみ歩きながら進んでいくと広い空間に出た。そして細く光が漏れている場所の前に膝まづく。
「参上、仕りました」
「梟か」
「は」
姿は見せず、ただ声だけが聞こえる。織部正綱、その人物をまだ見たことはない。そもそもこの声の主が織部正綱なのかも定かではない。表には顔を出さぬ人物だ。
そして頭上に息の根を感じる。これは忌み手と呼ばれる弧影の息だ。梟が何かしようなら、忌み手の毒手が梟を討ってくる。経験があり、それを梟は知っていた。
「平田を討ったとな」
「討ちまして、ございます」
「正就がたしかに、平田の首を持ってきた。お前の手筈も褒めていた」
「もったいないお言葉」
「これには上様も喜んでおる」
「何よりでございます」
「これで葦名のひとつの腕をもぎ取ったことになる。だが…、平田の養子はどうした。はじめの約束では養子の身柄もということではなかったか」
「それにはすこし邪魔が入りまして」
「お主の倅か」
「よく、ご存知で」
「その倅はどうした、討ったのか」
「葦名にとらわれております」
そこで織部の声は止まる。ぼそぼそと何かを話しているようだ。となりに誰かいるようだった。
服部か。
「なぜ囚われたりした」
「事情がございまして、相すみませぬ。しかし致命傷は負わせました。今のあの様子を見るとただの腑抜け。殺すまでもないかと」
「裏があるのか」
「滅相もございませぬ」
織部はすこし考えこんだ。怪しまれたか、いやしかしこの声色は感情こそ出さぬようにしているが、信頼を見せている。その機微が梟には見えた。それほどに平田の首は織部を懐柔するには十分なものだったと言えよう。
「して、次は」
数秒後、織部は沈黙を破る。
「葦名の現当主をうち、葦名一心をうち、葦名を滅ぼすまで。すこし時期を待とうと思っております」
「相分かった、追って沙汰する。いまはしばし休めよ。帰りに太刀足がお主に褒美を渡す。次の時まで力を蓄えよ」
「はっ・・」
梟のみていた細い明かりが消えた。話は仕舞いということだった。
梟は立ち上がる。忌み手の気配は消えない。身を返しても、姿は見えない。おそらく天井に張り付いてみているのやもしれぬ。
入ってきた壁にしゃがみながら歩いていき向かう。そこに手を付くと、向こうで仕掛けを動かすのが分かった。
壁が扉になり、開き、太刀足が立っていた。
「ほら、褒美と。手裏剣と、毒消しだ」
「たしかに」
「それだけの金があれば、山のように毒消しが買えるな…爺さんよ」
くつくつと頭巾の中で笑っている。そして太刀足は機嫌がいいのか、次にまた問うてきた。
「お主の言ってた腑抜けの狼、どこにおる」
「なんの話じゃ」
「親父殿に言っておったろう。忍のはじさらし、顔を見てみたい」
「…」
梟は聞かぬふりをして、太刀足の横を通り過ぎようとした。そこを背後より声かけられる。
「いくらほしい、爺」
「さてなんのことか」
「ふん…、取れ」
じゃら、小銭の入った袋が足元に投げられる。
「…」
それを拾い、中を見た。10銭ほどの金しかなかった。
こんな端金で息子を売ってくれというのか。馬鹿にされたものよ、梟は内心毒づく。
「足りぬか」
「葦名の水手曲輪の井戸底」
しつこく聞かれても嫌であった。さっさとここを去りたい。まだあの忌み手の気配は消えていない。
「なるほど、わかった」
梟は洞窟を出、そして隠し扉を開け、外に出た。
「狼よ、あの男、殺してくれよな」
そんなことをぼそりとつぶやきながら。
それから、どれほど時間が経ったか。
三年は経っている。その間にも情勢は目まぐるしく変わっていた。葦名はもはや息をするのも苦しそうな状態で、ただ無様に生にしがみついていた。
少しでもそのしがみついている藁をけってやれば、滅亡という渦に簡単に飲み込まれそうであった。
その日も梟は織部の洞窟の灯りの前にいた。そこで告げられる。
「昼過ぎ。葦名を攻める。日付はまだ未定じゃ」
「は」
「お主の持ってきてくれた見取り図が確かなら足場を組めば簡単に落ちそうだ。一刻もあれば一心も当主も落ちるだろう」
「一心は病といっているが侮らないほうがいいです」
「わかっている、こちらもこれ以上犠牲は出せぬ」
「といいますと」
「太刀足も帰ってこぬ」
「やつも、天狗に狩られたのですか」
「かもしれぬ…」
そこで黙っている。いつぞかの会話を聞かれていたのだろうか。
(しかし儂はなにも言ってはおらぬ、死に行ったのはあの男のほうだ。)
「一心は未だ腕は衰えておらないようですが、葦名は侍大将がほぼ全滅、七本槍もひとりのみとなっております」
「何があったのだ」
「なにものかが刈ったのだと」
そこで織部は考えて、そして決断した。
「第三の手のものもおるのか…伊達か、もしくは」
そして言った。
「明日、葦名を攻める。お主が先に行け、こちらも弧影を出そう」
「は」
「忌み手は、今同様。常にお前の後ろを追う、妙な真似をしたら…毒をもつぞ」
梟の背後で、しゅ、と毒手が宙を切る音が聞こえる。
「よいな」
「は」
梟は頭をさげた。そして下がり、洞窟を出て行く。
太刀足の見送りはなく、別の弧影衆がいた。そいつは無口なようで、あの男のように声をかけてきたりはしなかった。
背を見送られながら外に出る。息を吐いた。
「明日―じゃな」
梟は懐をぽん、と叩く。
狼じゃ
あいつは息を吹き返した
あいつはわしの掟をまだ守っている
あい見えたら、どうじゃあいつは
いうことは聞くか?
聞かぬじゃろうなあ
では、聞かねば、殺すか
同じ手段でか?
「いや二度もわしに刺されるような男ではない」
そう思うと、笑いが止まらない
「くっ…惜しい男を手にかけることになるのう」
向き合えばこちらが刺したこと知るであろう
憎しみをむけてくるだろうか
今までにない怒りをぶつけてくるだろうか
持てる全ての技をぶつけてくるだろう
本気のあいつが見れるだろう
自分の育て上げた最高傑作
それを散々にいたぶり尽くす
それを思うだけで、身は興奮でうち震えていた
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